ME&YOU 9月号より

『 最善の内臓脂肪減量法 』
注目される 低炭水化物食事療法

特定・特別医療法人福島厚生会 
福島第一病院
消化器科 部長
柳沼 信久


1.人体に内在する危険な爆弾とは

内臓脂肪肥満 が、人体にもつ最も危険な爆弾になるのはメタボリック・シンドロームの主要な要素となってその蔓延をもたらしているからです。最近 50代、60代の突然死が激増しているのは肥満の増加と密接な関係があります。内臓肥満が解消されないままだと糖尿病、高血圧、高脂血症を発症し、動脈硬化進行の危険因子が重積した状態をつくり出し、あたかも将棋倒しのように次々に病態を悪化させ、心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病の最終合併症などの終末に到達することになります。いま世界中に拡がる危険な内蔵脂肪肥満を解消するには、その 根本にある栄養摂取の問題を抜本的に考え直す栄養学的な戦略が不可欠です。

2.脂肪細胞の役割とその肥大の原因

脂肪細胞は太っていない身体では小型であり、善玉のアディポネクチンというホルモンを多く分泌して動脈硬化を防ぎ、血糖を下げ脂肪を消費してくれますが、身体が太ると脂肪細胞は肥大して、善玉アディポネクチンは激減して悪玉のホルモン産生が増えるため、血糖上昇や動脈硬化、高血圧症などを引き起こします。肥満が危険な理由はここにあります。脂肪細胞肥大の原因を探った研究で、脂肪細胞のインスリン受容体遺伝子を作動出来なくしたマウスでは体重が 40%減少することが判明しました。 脂肪細胞の肥大にはこのようにインスリンが必須 なので、太らないようにするには血糖上昇に伴ってインスリンが増加する状態をつくらない食生活が必要になります。

3.食後高血糖の危険性

メタボリックシンドロームの初期には、空腹時の血糖は正常でも 食後の高血糖 インスリン過剰 がおきている事が多いのですが、この状態は 脂肪細胞を肥大させる最適の病態 となっています。この時に急速に肥満し動脈硬化が急速にすすみます。 食後の高血糖は空腹時の血糖との差(グルコーススパイクといいます)が大きいほど危険です 。α− GTという食後高血糖を是正する薬が心血管疾患の発症を半減させた治験が有名です。食前食後血糖値の差が動脈の内皮細胞を障害するため動脈硬化の起点となり動脈硬化の速度を倍増するわけです。インスリン自体にも過剰な場合は動脈硬化をおこす危険性があります。逆に 長寿者では血中のインスリンレベルが低い ことも分かっています。

4.低炭水化物食餌療法の再発見

以前から炭水化物摂取を減らす食餌療法が試行されていましたが、 2002年以降にその有効性を示す証拠が次々に蓄積されてきました。 ブドウ糖(血糖)の原料になる炭水化物を極端に減らせば、 食後の高血糖はおきません。同時に反応するインスリンの増加も起らず、脂肪細胞は肥大出来なくなります。人体では肝臓と腎臓で1 日200gのブドウ糖生産が可能なため、炭水化物摂取が減っても脳などの必要とするブドウ糖は供給可能で、脂肪細胞はすみやかに小型化して過剰な体重は急速に減少します。米国で次々になされた低炭水化物食餌療法と様々な減量法の間での比較がおこなわれた結果、 低炭水化物食餌療法の卓越した有効性 が確認されています。 アトキンス法 といって炭水化物を全カロリ−の10%以下(1600k?なら1日にごはん一杯のみ)におさえる方法は、他の減量法の 約2倍の減量効果 (図を参照) が確認され、さ らに血糖値もインスリン値も両方とも下げ、 血圧も下げる効果 や 善玉コレステロールの増加 中性脂肪の低下作用 も確認されて一躍注目を集めています。従来の栄養学の常識を変えて米、パン、麺類や甘い菓子類を極端に減らすには大きな心理的抵抗を乗り越える必要があります。

5.低炭水化物食餌療法の特徴

アトキンス法では炭水化物摂取を全カロリーの 10%以下として、蛋白質と脂質の摂取は自由にしてよいとしていますが、本法では自然な食欲低下作用があるために蛋白と脂肪の摂取量はさほど増さず、その結果自然なカロリー制限になってきます。体内の 必要エネルギーの産生はブドウ糖中心 から 脂肪分解(脂肪酸とケトン体利用)へと変化 します。蛋白質が充分に摂取されるために体の筋肉量は減少しないですみます。インスリン感受性が高まるため血中のインスリンレベルは低値となり食欲も自然に制限されます。低炭水化物食に順応するには2〜4週間かかります。4週間以降は運動能は炭水化物摂取が少ない状態でも限界に近いまで可能になります。運動学では糖を負荷しないと運動出来ないという通説がありますがこれと矛盾する結果です。(ちなみに正常人に炭水化物を過剰に摂取させても運動能力は増加しないという調査結果もあります。)

6.栄養摂取の発想転換が必要

  必須アミノ酸や必須脂肪酸はありますが、必須炭水化物はありません。炭水化物摂取が食後に高血糖と高インスリン血症を引き起こすことに思い致せば三大栄養素の摂取比率を炭水化物摂取制限の方向に変更するのは極めて理にかなっています。人類は農業獲得以前に魚、肉、野生の果実、野生の植物などを摂取する食生活を送っていたものです。北米原住民が 19世紀に欧米の文明と出会って小麦粉や砂糖のような糖類摂取により重大な健康被害を経験した事実を考えるときです。現代の情況はこの時と極似しています。 そもそも人類には炭水化物はさほど必要なものではなく、むしろ有害なものかもしれないという栄養に関する大きな発想の転換が必要 でしょう。この発想転換が肥満やメタボリックシンドロームを一掃し、ひいては医療費の減少に貢献する可能性が予想されます。