2008.12月号より

『 医療崩壊 』

社会医療法人福島厚生会
理事長  星野 俊一


医療費亡国論

 日本の医療はかつてない程の危機に見舞われている。遡れば 1983 年〜当時の厚生省保険局長が社会保険旬報に掲載した医療費亡国論に端を発している。 1980 年代の医療を取りまく時代背景はまさに医療費の高騰を危惧する高齢化社会への突入であった。そのまま社会保障費が増大すれば日本社会の活性が失われると危惧された。医療は、予防・健康管理・生活指導に重点を移すべきと卓越した見解も盛り込まれてはいたが、1県1医科大学システムは近い将来医師過 剰の恐れありとした内容であった。

 医療費のび率の誤算

 厚生労働省が 1944 年に公表した医療費の予測は、 2025 年には 141 兆円に膨張するとの試算であった。しかし 2000 年には 81 兆円、 2007 年には 65 兆円と下方修正された。これからみても医療費膨張の根拠 は非常にあやふやなものであったし、 また急速に進歩発展する医療技術と超高齢化の予測はきわめて難しい未知の領域ではあった。

 医師過剰予測の誤算

 医師数は 2000 年を境に過剰になると予想していた。しかし現在の医師の絶対数不足の状況は深刻である。特に産婦人科、小児科および外科系、また僻地医療における医師不足、偏在は医療の安心、安全を揺るがしている。急遽医学部学生数の増加が計られたが、その効果は学生が一人前の医師になる 10 年後を待たなければならない。

 また若い医師達のモチベーションも問題であるが、人の善意を基とする医療行為が訴訟の対象となり、実は、ハードな医療現場の空気を暗くしている現実は見過せない。

 福祉社会を維持する適正医師数

2004 年のOECDデーターでは、 1000 人当りの医師数は日本は 1.4 人である。 フランス、ドイツは 3.3 人、アメリカ 2.2 人と比較しても医師数は少なくOECD 29 ヶ国中 26 位である。日本の医師数は 1996 年 24 万 1 千人、 2006 年 27 万 8 千人と 15 %は増加してはいるが、OECD並となるその為にはあと 10 万人程度の増加が必要と思われる。現在日本の医師数では先進国並の医療レベルを維持するにはマンパ ワーの不足は否めない事実である。

 日本の医療費は高いか安いか

 日 本人の平均寿命は女性は世界1位、 男性3位と世界に冠たる長寿国となった。健康寿命は世界最長で乳幼児死亡率は世界最低である。一方日本の医療費は 2004 年OECDデーターではGDP比で 7.9 %である。フランス 10.1 %、ドイツ 11.1 %、アメリカ 15.0

%とくらべてもかなり貧弱である。OECD加盟国の平均 8.4 %、先進7ヶ国 11.5 %をかなり下廻っている。OECD 30 ヶ国中 21 位と低いレベルの医療費で世界に冠たる長寿国を支えている現状である。

 日本の医療の方向性

 日本の医療を少ない医療費で世界レベルを維持している背景は医師、看護師など医療に関わるマンパワーを極端に抑えているにも拘らず彼等の 健闘に支えられている現実がある。 ちなみに日本の病院では看護師数は 100 ベッド当り 42.8 人である。フランス 69.7 人、ドイツ 102.2 人、アメリカ 230.0 人である。

 日本は先進国並の医療レベルを将来維持できるであろうか。遅きに失したが、医学部定員を 8486 人と過去最多となった。かつてイギリスの財政が危機であった 1980 年代、サッチャー元首相 は市場原理主義をとり イギリス経済は回復したが、医療費抑制政策は医療制度を根底から揺がし、荒廃した医療を立て直すのに長期間を要した。この悪例を繰り返してはならない。

日本が先進国並の医療水準を維持するために、今こそ社会保障全般を見直す時期に来ていると考える。